淳心学院の教育改革

淳心学院の教育改革

2015/05
見えるものと見えないもの

 新緑が目にまぶしく、風薫る良い季節になりました。 私は校長になってから4年間、その時々のJ1の生徒と宗教の授業を共にしてきました。今回はそこで感じたことを少し書きたいと思います。淳心はいうまでもなくキリスト教主義の学校で私はカトリックの信者ですから、私にとって宗教の授業の目標はキリスト教の考え方を生徒たちにできるだけ理解してもらうこと、そしてできればキリスト教の考え方に共感してもらうことということになります。しかし現実にはごく少数のキリスト教系幼稚園などに通って少しキリスト教に馴染みがあるという生徒を除けば、大多数の生徒はキリスト教に触れたことがほとんどありません。イエス・キリストという名前とクリスマスだけは知っていますという生徒たちに話しを始めます。最初にイエスは名前ですが、キリストは名字ではありませんと言います。キリストは「救い主」という意味でイエス・キリストとは“イエスは「救い主」である”という信仰告白の意味がありますと説明します。そして西暦2015年は何を基準にしていますかと質問します。イエスが生まれた年が基準であることを説明し、キリスト教が世界全体に大きな影響力をもっていることを話します。しかし生徒たちは普通の日本人ですから、当然のことながら仏教的価値観に自然に馴染んでいます。たとえばキリスト教では旧約聖書で神が天地を創造した時に人間を理性的存在として造り、この地上のものを支配する役割を与えたと考えています。しかし生徒たちは、生きとし生けるものは人間も動物も自然の中で平等であるという仏教的価値観に親しみを覚える生徒が多いようです。こうした考え方はどちらが良いとか悪いということではありませんが、考え方の違いというのは理解しておかなければならないと思います。そして生徒たちの考え方を聞いていると生徒たちの多くは科学技術と目に見えるものに信頼をおいている、あるいはそれ以外のものは信頼できないと考えていることが伝わってきます。これは生徒たちだけのことではなく、現代の日本社会が基本的に持っている傾向だと思います。現代の日本社会の便利さ、効率性、快適さといったものがこうした傾向によって維持されていることはまちがいありません。ただ私が宗教の授業で扱おうとしているのは主に目に見えないもの、すなわち“こころ”に関する事柄になります。こうしたことをそれこそ生徒の“こころ”にすんなりと響くように扱うのはなかなか困難なのですが、“私たちが生かされている喜び”とか“私たちが受けている恵みに対する感謝”とか“私たちの悩みに対する癒し”といった事柄を少しでも感じてもらえたらと思っています。そして目に見えないものが、生徒たちがこれから長い人生を生きていく上での支えになってくれればと願っています。

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