淳心学院の教育改革

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2017/05
復活祭を迎えて

 4月16日(日)は復活祭のお祝いでした。キリスト教の復活祭は毎年日にちが変わり、「春分の日の次の満月の次の日曜日」という決め方をします。そのため約1ヶ月の幅があり、今年はやや遅い方でした。

 復活祭は十字架につけられて殺されたイエス・キリストが死者の中から復活したことをお祝いするお祭りで、キリスト教では1年のうち最も大きなお祭りですが、死者が蘇ったという教えですから、キリスト教の教えの中でもにわかには信じられない教えだと思います。しかしイエスの復活がなければキリスト教そのものが存在しなかったことも確かで、イエスが捕まった時、弟子たちはみんな逃げてしまいましたから、イエスの復活がなければ、単にイエスというえらい預言者がいたということで話は終わりになっていたと思います。しかししばらくすると、逃げ隠れしていた弟子たちは「私たちは復活したイエスに出会った」と言いだし、「イエスはキリスト(救い主)だ」という主張を始めます。これがキリスト教の宣教の始まりです。この考えを信じるキリスト者が少しずつ増えて、2000年後の現在のキリスト教になっています。ですからキリスト教の原点は弟子たちの復活体験なので、復活祭はキリスト教の最も大きなお祝いなのです。私たちキリスト教の信者にとって、イエスが死者の中から復活したこと、イエスが十字架上で死んだことによって私たち人間の罪が許されたこと、イエスが世の終わりまで私たちと共にいてくださるということ、これらの教えを信じることが生きていく支えとなっています。

 イエスがいつも私たちと共にいてくださるということについて一つの詩を紹介したいと思います。「あしあと」という詩です。

ある夜、私は夢を見た。私は、主とともに、なぎさを歩いていた。

暗い夜空に、これまでの私の人生が映し出された。

どの光景にも、砂の上に二人のあしあとが残されていた。

一つは私のあしあと、もう一つは主のあしあとだった。

これまでの人生の最後の光景が映し出されたとき、私は砂の上のあしあとに目を留めた。

そこには一つのあしあとしかなかった。私の人生でいちばんつらく、悲しいときだった。

このことがいつも私の心を乱していたので、私はその悩みについて主にお尋ねした。

「主よ。私があなたに従うと決心したとき、あなたはすべての道において私とともに歩み、

私と語り合ってくださると約束されました。

それなのに、私の人生の一番辛いとき、一人のあしあとしかなかったのです。

一番あなたを必要としたときに、あなたがなぜ私を捨てられたのか、私にはわかりません。」

主はささやかれた。「私の大切な子よ。私はあなたを愛している。

あなたを決して捨てたりはしない。ましてや、苦しみや試みのときに。

あしあとが一つだったとき、私はあなたを背負って歩いていた。」

 この詩はマーガレット・パワーズという人が1964年に作った詩です。印象的な詩で、教会の黙想会などによく使われます。

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